こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。
事業承継の税金について、僕のところにご相談に来られるのは、院長先生ご本人よりも、息子さんや娘さん、つまり承継予定の後継者の方であることが少なくありません。
「父が承継の話を全然しようとしないんですが、相続税がどのくらいかかるか不安で…」
こんな切実なご相談を伺うたびに、もっと早く現経営者と後継者が同じテーブルについていれば、と感じます。
今回は、承継を控えた先生に向けて、なぜ承継対策の先延ばしが致命傷になるのかをお伝えします。
結論から言えば、承継を考えているなら実行時期を親子で定めたうえで、一緒に税理士に相談していただきたい、ということです。
先延ばしにして良いことは、税務的にも人間関係的にも一つもありません。
後継者は「決められないのに払わされる」立場にいる
承継予定の後継者は、引き継ぐ医院・スタッフ・患者さんへの責任を、すでに重く感じていますよね。
良い意味でも悪い意味でも、患者さんやスタッフさんに現院長さんの文化が根づいている事実があります。
つまり後継者にとっては資産でもあり負債でもあるとことです。
その上で、相続税や贈与税の納税資金まで自分で準備しなければならないかもしれないという不安と戦っています。
それが自分のライフプラン、具体的には住宅ローンや子どもの教育費の支出時期とまともに重なってくるのです。
30代から40代というのは、人生で最もお金がかかる時期です。
そこに数百万円、場合によっては数千万単位の納税資金の話が乗ってくる。
不安にならないほうが不思議です。
それなのに、親(現院長先生)はどうも乗り気でない。話を切り出してもはぐらかされる。何か隠し事をしている気がする。
こう感じている先生は多い印象です。
これは、親(現院長先生)の人格の問題ではありません。
構造上、現経営者は承継税務に距離を置きやすいのです。
所得税や住民税は「稼ぐのも自分、払うのも自分」という税金です。だからこそ節税の話には敏感になりますし、毎年の確定申告で痛税感を実感する機会があります。
でも相続税・贈与税は違います。財産を築いてきたのは親(現院長先生)でも、その税金を実際に払うのは後継者です。自分が直接負担しない税金に痛税感が生まれにくいのは、人間として当然のことかもしれません。
ここに大きな落とし穴があります。
多くの場合、承継の方法を決める主導権は、親(現院長先生)にあります。
つまり、承継の方法を決める主導権は、親(現経営者)の側にあるのです。医療法人の持分をどう処理するか、生前贈与をするか、相続で引き継がせるか、保険を活用するか。
これらを実質的に決めるのは現経営者です。
ところが、その選択の結果として税負担を負うのは後継者である先生になります。
つまり、決める人と払う人が違うという構造になっているわけです。
この構造を理解すると、なぜ自分から動く必要があるのかが見えてきます。待っているだけでは、自分の人生に関わる重要な意思決定を、自分の知らないところで先送りされ続けることになるからです。
「親に向かって税金の話を切り出すなんて、財産を狙っているように思われそうで気が引ける」と感じる先生もいらっしゃいます。ただ、これは財産を狙う話ではなく、医院を健全に引き継ぐための準備の話です。むしろ動かないままでいるほうが、医院にとっても家族にとってもリスクが大きい。
そう捉え直していただけると、一歩踏み出しやすくなるはずです。
「財産状況が親にグリップされている」という後継者の不安
後継者の方が抱える不安をもう一歩踏み込んでお話しします。
承継フェーズで後継者がもっとも気にしているのは、自分の将来の財産状況が、親(現院長先生)に完全に握られているという事実です。
このとき、よくあるのが次のようなすれ違いです。
- 親としては良かれと思ってやっているけれど、後継者にその真意が伝わっていない
- 親としては後継者に迷惑をかけているのは分かっているけれど、見て見ぬふりをしている
- 親自身もよく分かっていないから、後継者にもうまく説明できない
どのパターンも、後継者から見れば「親が何を考えているのか分からない」状態ですよね。
承継するのか、しないのか。するとしたらいつ、どんな形で、いくらの税負担で。これらが見えないまま時間だけが過ぎていきます。
そうすると、人間ですから、だんだん気持ちが折れてきます。「待つよりも、自分でやりたいことをやろう」と思うのも自然な流れです。
実際、僕が見てきた中でも「実家の医院を継ぐつもりだったけれど、親の方針が見えないままなので、自分で開業することにしました」というケースは決して珍しくありません。
働き盛りの30代を、いつ来るか分からない承継のために棒に振るの怖いという気持ちからだと思います。
一方で、ある日突然「やっぱり継がない」と動き出すのも、それまで親(現院長先生)が温めてきた承継計画を一気に手放すことになります。それは両方にとって、本当は望んでいた結末ではないはずです。
親子関係は切れませんから。
だからこそ、愛想を尽かして他の道を選ぶ前に、一度きちんと話し合う場を持っていただきたいのです。
ちなみに、これは親(現院長先生)に対して言いたいことですが。
今の時代、承継できなかったらM&Aで売ってしまおうという見立てをしているなら、それは甘すぎます。
市場に出したところで買い手が見つからないか、場合によっては仲介会社が案件を引き受けないという事態さえザラに発生していますので。
若い後継者が頑張るほど、承継対策は難しくなる
ここからは少し税務的な話をさせてください。承継対策には「時間との戦い」という側面があります。
後継者の先生は、たいてい30代から40代の働き盛りで医院に入ってきます。そして経営感覚のある後継者ほど、医院の業績改善に力を発揮します。新しい設備を入れる、自費診療を伸ばす、スタッフ体制を整える、ホームページやSNSで集患を強化する。こうした努力で医院の収益力は確実に上がっていきます。
ところが、これが税務的にはやっかいな問題を生みます。
医院の業績が上がれば、医療法人の純資産(出資持分の評価額)も膨らんでいくのです。後継者が頑張れば頑張るほど、自分が将来引き継ぐときの税金が増えていく、という皮肉な構造になっています。
これは個人医院でも同じです。利益が出れば現預金や設備として医院に残り、結果的に親(現経営者)個人の財産も膨らんでいきます。
ただ、だからと言って利益を出さないようにコントロールしてしまうのも間違った節税です。これに関してはこちらの記事をご覧ください。

いずれにしろ、規模が大きな財産を、数ヶ月や1年でコントロールすることは現実的ではありません。暦年贈与を活用するにも、保険を活用するにも、出資持分の評価引き下げを図るにも、計画的に進めるには相応の年数が必要です。
「そのうち話し合おう」と思っているうちに、選択肢が一つひとつ消えていく。これが承継税務の怖いところです。
加えて現実問題として、親(現経営者)のご病気が原因で承継対策が一気に滞るケースもあります。判断能力が低下してしまえば、生前贈与も持分の整理もできません。親(現経営者)が元気なうちに動かなかったことが、先生にとって最大の後悔になります。
実行時期を決めて親子で一緒に動く
ではどうするか。
承継の目標時期を親子で定めて、一緒に税理士に相談する。これに尽きます。
親子で同席することが大事です。なぜなら、現経営者と後継者が同じ情報を持ち、同じ問題意識を共有することが、対策のスタートラインだからです。後継者が知らないところで院長先生だけが税理士と話を進めても、結局は後継者が納得していなければ実行に移せません。
具体的には、次の3点を共有してください。
- 現時点での財産規模はどれくらいか
- 役員報酬と退職金の水準をどう設計すれば、双方にとって合理的か
- 後継者は承継後、どのような事業計画を描いているか
こういった具体的な数字とイメージを共有した上で、初めて「では何から始めるか」という対策の議論ができます。逆に言えば、ここを飛ばして節税テクニックの話だけしても意味がありません。
財産の棚卸し、医院の将来像、後継者のライフプラン。
特に3つ目はセンシティブな話題ですし、日々の診療で忙しい中、親族とお金の話をするのは気が乗らないかもしれません。「もう少し落ち着いてから」「来年あたり時間ができたら」と先延ばしにしたくなる気持ちも分かります。
ただ、もう一度言わせてください。承継時の税務コントロールができないことは、承継後の資金繰りに直結します。承継による税金を払うのは、ほかでもない後継者なのですから。
おわりに
事業承継の失敗は、能力や運の問題ではありません。話し合いを先延ばしにすること、これが最大の失敗要因です。
院長先生にとっては自分が直接払わない税金でも、後継者にとっては人生設計を左右する重大事です。そして対策には何年もの時間が必要で、後継者は待っている間にも年齢を重ねていきます。場合によっては、待ちきれずに別の道を選んでしまうことすらあります。
「そろそろ承継のことも考えなきゃな」と少しでも思われたなら、それが動き出すタイミングです。完璧な準備が整ってから相談する必要はありません。むしろ、何も決まっていない段階だからこそ、一緒に整理していく価値があります。準備が整ってからでは、選べるはずだった選択肢がすでに消えていることもあるのです。
同じテーブルにつくこと、それ自体が承継対策の第一歩です。


