【note】税理士のアタマの中

矯正治療のキャッシュフローが安定しない理由|見せかけの利益に惑わされない歯科医院の損益管理術

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こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。

「キャッシュはあるのに、なぜか経営が安定しない」

特に歯科矯正治療をメインにされている先生からよく聞くお悩みです。

結論から言ってしまうと、これは矯正治療という治療モデルが持つ、収入計上時期とコスト発生時期の大きなズレが原因です。

一見すると手元にまとまったお金が入ってくるので「儲かっている」と錯覚しがちですが、その裏側には、数年間にわたって静かに発生し続ける見えないコストが潜んでいます。

この見えないコストが原因で、経営判断を誤ったり、将来の資金繰りに行き詰まったりするのは避けたいところです。

今回の記事では、矯正治療におけるこの特殊な収益構造を明確にしながら、未来を見通した安定経営を実現するための具体的な損益管理・キャッシュフロー管理術について解説します。

目次

歯科矯正治療の特殊な損益構造

まずは、歯科矯正治療が他の保険診療や一般的な自費診療と比べて、いかに特殊な収益構造を持っているかを整理しましょう。

収入計上は先行集中型

歯科矯正治療、特に自由診療のマウスピース矯正やワイヤー矯正では、治療開始時や装置装着時に、治療費の全額または大部分を一括で患者さんから受け取ることが多い印象です。

(治療の進捗に応じて分割で受領する医院さんもいらっしゃるとは思いますが、今回はそうでないケースを想定します。)

そうすると、開業直後や新規患者が増加した際に、一時的に手元のキャッシュ(現金)が潤沢になるという現象が起こります。

キャッシュが豊富にあると、心理的な余裕を持ちやすくなります(人間だもの)。

でもここに最初の落とし穴がありまして。

それはキャッシュインは一瞬、役務提供は数年間というお金の入りと出のタイムラグです。

ちなみに、税務会計上の収入計上時期の取り扱いは、個別に国税庁から明示されているのでこちらをご参照いただければと。

ざっくり言ってしまえば、支払時期が契約で装置装着時となっていれば装置装着時、治療期間に応じて分割で払うことになっていればその分割払いのタイミング、それ以外の場合は支払設定日や支払いを受けた日(矯正治療完了よりあとの日になるなら矯正治療完了日)とするルールです。

いずれにしろ、入金の額とタイミングが経費と長期間にわたってズレるという事実は変わりません。

この歪なキャッシュフローが経営判断を難しくするのです。

コスト計上は分散型

一方で、矯正治療にかかるコストはどうでしょうか。

治療に必要な装置や初期材料費は、収入計上時期に近いタイミングで発生します。これは分かりやすい直接原価です。

問題は、その後の数年間にわたって継続的に発生する期間コストです。

コストの種類発生時期と特徴経営への影響
人件費調整・メンテナンス期間中、毎月継続的に発生。歯科衛生士・スタッフの給与として数年間続く。治療期間が長引くほど、人件費の負担が増大。
家賃・光熱費ランニングコストとして都度発生。治療期間中の固定費として利益を圧迫。
減価償却費矯正用設備(CT、口腔内スキャナーなど)の償却費。費用としては発生するが、キャッシュアウトを伴わないため、キャッシュフローとのズレを生む。
継続材料費ワイヤーなどの調整ごとに発生。治療が進むにつれてジワジワと経費が増える。

このように、矯正治療は売上は一瞬で立ち、コストは数年かけて分散・継続して発生するという、時間軸のズレが非常に大きいビジネスモデルなのです。

見せかけの利益が引き起こす経営リスク

この収入とコストの時間差によって生み出されるのが見せかけの利益です。この見せかけの利益に惑わされると、次のようなリスクに直面します。

納税リスク

最も分かりやすいリスクが、税金の支払いです。

仮に治療開始時に売上を一括計上すると、その期の利益が実態以上に大きく膨らみます。

その結果、その利益に対して所得税や法人税が発生します(住民税や事業税も付随します)。

キャッシュがあると節税せねばと考えてしまうのは人間の性ですが、そのお金は本当に手元に残るでしょうか。

手元にあるキャッシュは、翌年以降の治療サービス提供のために預かっている「前受金」の性質が強いにもかかわらず、一括支払時期に収入を計上すると、その全額に対して税金が計算されてしまいます。

税金分のキャッシュが減少しつつ、翌年以降の売上はないまま、人件費などのコストだけが数年間発生し続ける、というキャッシュアウトの不安と戦う必要があるのです。

誤った経営判断と過剰投資

見せかけのお金は経営者の判断を鈍らせます。

「こんなに利益が出ているなら大丈夫だろう」という過信につながりやすいのです。

たとえば

  • 不要不急の設備投資:「利益圧縮のために」と、節税のために高額な設備を導入してしまう。
  • 過剰な人件費: 利益が出ているからと、安易に給与水準を引き上げたり、必要以上の人員を採用したりする。

これらを避けることが資金繰り対策につながります。

あと、高額な矯正用設備を導入する際の減価償却費は注意が必要です。

減価償却費は費用として利益を減らしますが、キャッシュアウトを伴わないため、会計上の利益は減っても、手元のキャッシュは減りません。

この会計上のマジックを紐解くには、キャッシュの動きと利益は連動するという誤解を払拭することが必須です。

つまり本当にお金がどれだけ残るのかは、治療期間全体で見た実質的な利益と将来のキャッシュの動きの両面から判断する必要があります

安定経営のための2つの鉄則

この時間差によるリスクを回避し、安定した経営を実現するためには、時間軸を意識した管理が必須です。

鉄則1:矯正治療の「個別原価計算」を導入する

個人的感覚ですが、矯正治療は患者さん一人ひとりが一つのプロジェクトのような性質を持っていると思っています。

で、このプロジェクトごとに、真の採算ラインを把握することが鉄則になります。

利益が出ているように見えても、単に「矯正治療は利益率が高い」で終わらせることはなく、「どの治療法で、どの患者さんが、どれだけの利益を生んだか」まで掘り下げることが重要です。

コスト分類項目管理の目的
直接費装置代、材料費(ワイヤー、マウスピースなど)、技工代治療ごとの原価率を把握し、価格設定の根拠とする。
間接費衛生士の調整時間、診療室の利用時間人件費や固定費の配賦を行い、治療期間の長さが利益に与える影響を数値化する。
コスト項目はあくまで例です

特に、人件費は最大の期間コストです。

調整やメンテナンスにかかる歯科衛生士の時間を正確に記録し、その人件費を個別の患者さんに配賦することで、治療期間の長期化が利益をどれだけ圧迫しているかが明確になります。

この個別原価計算の結果は、今後の治療計画や、スタッフの効率的な配置、さらには人件費のベースアップを図る際に、価格改定の根拠となります。

ちなみに、全ての矯正治療で個別原価計算をすることまでは求めていません。

一定の傾向や目安を求めるために、スタンダードな症例をいくつかピックアップして計算し、他の治療時に横展開していただければと。

鉄則2:キャッシュフローを見える化し、資金をプールする

個別原価計算がわかれば、各矯正治療の利益が分かり、その利益から発生する税金もおおよそ計算することができるようになります。

そこで、もし一括で入金された治療費があるなら、将来のコスト一緒に、納税に必要なお金を安易に使わないようにプールする(予算化)すると、資金繰りに無理が出ません。

プールすべき資金目的算出方法の目安
将来コスト相当額治療期間中に発生する人件費、継続材料費などの支払い準備。治療期間の総コスト予測額から、既発生コストを差し引いた残額。
将来税金相当額(治療期間全体でみた税金コスト)各矯正治療で得た利益に対して発生する税金。利益予測 × 所得税(法人税)実効税率。

入金(大)と支払い(小・継続)の波を視覚的に捉えることで、「手元にある現金のすべてが自由に使える利益ではない」という意識を強く持っていただけます。

まとめ:未来視点こそ、安定への道

歯科矯正治療は、その特殊な収益構造を正しく理解しないまま適切な数値管理を怠ると、見せかけの利益に足元をすくわれかねません。

とにかくお伝えしたいのは、目先のキャッシュや会計上の利益に惑わされないことです。

そのために会計数字を見るときは、過去志向だけではなくキャッシュと利益を予想する未来志向へ。

この視点の転換こそが、安定した歯科医院経営の鍵となります。

まずは、矯正治療ごとの見えないコストを見える化することから始めてください。

そして、治療期間全体を見通した損益管理とキャッシュフロー管理を実践し、盤石な経営基盤を築いていきましょう。

このテーマについてさらに深く知りたい、具体的な管理表の作成をサポートしてほしいという先生は、ぜひご相談ください。

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