こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です
最近、新規開業医院の事業計画書を作成していても、既存医院の財務分析をしていても、共通して感じることがあります。
それは今後20年で、いまの一般的な歯科医院の経営スタイルは資金繰り的に通用しなくなる、ということ。
20年という区切りは、2040年問題を意識しているからです。
高齢者人口がピークに達するのが2040年。
日本歯科医師会が発表した「2040年を見据えた歯科ビジョン」でも、2045年時点で人口が16.3%減少するため、歯科診療所患者数は10.8%減少すると見通されています。


そんななか、財務省が今後の医療機関の経営について興味深い言及をしていました。
今回はその財務省の意図と、考えるべき点について、私見を混えながら書いていきます。
財務省は医療法人の自助努力を促したい?
2026年4月28日に財務省が公表した「持続可能な社会保障制度の構築(財政各論Ⅱ)」という資料があります。
財政制度等審議会で配布された、社会保障の財政運営を方向づける重要文書です。
このなかに、医療法人の業務範囲についてこんな趣旨の記述があります。

医療は公的財源(保険料、税)で支えられており、効率的な医療提供には「競争より協調」「拡大より撤退」が求められる場面もあるため、医療法人の非営利性は担保されるべきだが、同時に、経営基盤強化の観点からも、医療法人による業務範囲の拡大は検討の余地がある。例えば、社会医療法人の認定要件の緩和や医療法人の収益事業を条件付きで可能とするなどの方策が考えられる。その際には、医療法人・医療機関に対する税制上の特例措置とあわせて、そのあり方を検討すべきではないか。
財務省:持続可能な社会保障制度の構築(財政各論Ⅱ)P.31
収益事業として(不動産賃貸業、宿泊・飲食業、生活関連サービス業、複合サービス事業など)が例示されています。
財務省が「経営基盤強化の観点から」と言っているということは、裏を返せば、現状の社会保障制度の枠組みのままでは、医療法人の経営基盤は弱いと国が認めているということです。
これまで医療法人は「医療は非営利であるべき」という原則のもと、収益事業は社会医療法人に認定されない限り実施できませんでした。診療報酬という公的資金に経営の大部分を依存する構造です。
この構造が今後の日本の社会保障のままでは、もうもたないということでしょう。
だから業務範囲の拡大を検討しようと、財務省自らが言い出している。これは相当な重みのある変化だと思いませんか。
財務省の資料を細かく見ると、もうひとつ重要な点が読み取れます。

社会保障関係費の伸びを「高齢化による増加分」に加えて「経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分」を加算する、という骨太2025の方針が引用されています。
ポイントは、この加算は「医療機関の経営基盤を盤石にするための支援」ではないという点です。
現場の賃上げと物価上昇に最低限ついていけるだけの加算であり、その大半は人件費と物価上昇の埋め合わせに消えていく性質のものです。
ここに、財務省が同じ文書のなかで「医療法人の業務範囲拡大」に踏み込んだ理由が見えてきます。
財政支援の上乗せだけでは、医療機関の経営基盤強化には足りない。だから収益業務という自助努力の道を一部認める方向で検討する。
財政支援の限定的な上乗せと、業務範囲拡大による自助努力の容認、この両輪で医療機関の経営を支える設計に切り替わりつつあるように見えます。
収益事業を営む場合の考えうる注意点
この財務省の文章を受けて、医療法人に収益事業を認められる場合、何に注意すればいいかを考えていきます。
ここからはあくまで私見的な予測ですが、今後の事業計画を策定する上でのひとつの参考になれば幸いです。
収益事業は単体で黒字化できる設計にする
収益事業は、必ず単体で安定した経営ができる設計にする必要があると思われます。
理由は財務省資料のなかにはっきり書かれています。医療法人に収益業務を認める場合の条件として、「医療以外で生じた損失が、医療に悪影響を与えないようにすること」が要請されている、という記述です。
これを裏返して読めば、こういうことです。
収益事業で赤字が出れば、その補填のために医業で受け取った医療費が収益事業に流れていく。国はそれを絶対に認めたくないはずです。診療報酬は保険料と税金、つまり公的な財源から支払われているものなので、それが医業以外の赤字穴埋めに使われる構造は、社会保障制度の根幹を揺るがします。
だから、収益事業を始めるなら、その事業単体で採算が取れる前提で設計する必要があります。
実務で大切になるのは、二つです。
ひとつは、収益事業単体で採算が取れる事業構造を、最初の事業設計の段階で描けるかどうか。売上見込みとコスト構造を医業と分けて把握し、収益事業だけのキャッシュフローが黒字になる道筋を持っておくこと。
もうひとつは、その事業を一緒に動かしてくれるパートナーや専門家を見つけられるかどうか。歯科医師ご本人が事業のすべてを抱えるのは現実的ではありません。
事業の中身に詳しい運営者や信頼できる取引先を揃えられる人脈と判断力が、事業の成否を分けるでしょう。
「歯科の利益があるから多少の赤字は吸収できる」という発想で始めるというのは御法度、ということですね。
収益事業のお金の管理は厳格に行う
収益事業を持つ場合、もうひとつ重要な視点があります。
収益事業で稼いだ利益を私物化しないということです。
財務省資料では、医療法人に収益業務を認める前提条件として、二つのことが明記されています。
ひとつは、「法人の利益が最終的に個人に属さないこと」。
もうひとつは、「医療以外で得た利益が、医療への投資に充てられること」。
収益事業で得た利益は、最終的に医業の充実に還元されることが要請されています。
この二つを併せて読むと、国の意図は明確です。
医療法人に業務範囲の拡大を認めるとしても、それは経営基盤を強化して医療提供を持続させるためであって、経営者個人の蓄財手段にするためではない。あくまで医療を支えるための収益事業である、という線引きです。
実務でこの要請を踏み外しやすい典型例を、ひとつ挙げておきます。
収益事業で稼いだ利益を、医療法人からの役員貸付金の原資にする。これは御法度です。
形式的にはお金を貸しているだけに見えますが、実態は法人の利益が個人に流れている構造です。これをやれば、業務範囲拡大を認めた制度趣旨と真正面からぶつかります。税務上のリスクはもちろんのこと、将来的な制度見直しのなかで自院が槍玉に上がるリスクも生まれます。
ではどうすればよいのか。
答えは、部門別の会計と財務管理を最初から仕組み化することです。
医業部門と収益事業部門を分けて、それぞれの売上、コスト、利益、キャッシュフローを独立して把握する。
そして、収益事業部門で生じた利益が、どのように医業の設備投資や運転資金、人材育成に充てられているかを、数字で説明できる状態にしておく。
これは制度対応のためだけではありません。経営者ご自身にとっても、どの事業がどれだけ稼いでいて、どの事業に再投資すべきかを判断するための、最も基本的なインフラです。
部門別管理ができていない経営は、複数事業を持った瞬間に必ず迷子になります。 業務範囲拡大という追い風を活かせるのは、こうした管理体制を地道に整えられる医院だけです。
逆に言えば、ここを整える覚悟がないなら、収益事業には手を出さないほうがよい、とすら僕は思っています。
補足:個人医院も例外ではない
ここまでを読んで、「うちは医療法人じゃないから関係ない。」そう思った方こそ、最後まで読んでいただきたいのです。
財務省の議論は医療法人を対象にしていますが、その背景にある構造的な問題は、個人医院にもそのまま当てはまります。
むしろ個人医院のほうが深刻です。
医療法人には、医療法という法律のもとで業務範囲が定められ、そのなかで国が「経営基盤を守るために範囲を広げてもいいのではないか」という議論を始めてくれています。一方で個人医院は、医療法人ほどの制約はない代わりに、誰も経営基盤の脆弱性を心配してくれません。
つまり個人医院こそ、自力で歯科診療以外のキャッシュポイントをつくる発想を持たないと、社会保障財政の将来不安をまともに被ることになります。
最後に:今日から何を考えればいいか
ここまで読んで、「収益事業を持つにしても、まだ自分には早い」と感じた先生も多いと思います。そのとおりです。
今日明日で何かを始める必要はありません。 ただ、ひとつだけ今日からできることがあります。
それは、自院の現在の収益構造を紙に書き出してみることです。
毎月の利益はいくらあるのか、返済はいくらあるのか、生活費はいくら必要なのか、そして結果毎月医院の預金残高はどれくらい上下するのか。
これらの数字を、ご自身で描いてみてください。
収益事業を検討すべきか否かの長期戦略は、壮大な絵を描くことではなく、こうした具体的な数字に落とし込んで初めて行動につながります。
財務省が業務範囲の拡大に言及したいまは、その動きを横目で見ながら、自院の長期戦略を見直す絶好のタイミングです。
ただ、これだけは言えます。
歯科医院の経営の前提が、静かに、しかし確実に変わり始めています。
変わったあとに慌てて気づくのではなく、変わる前に動きましょう。


