こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。
歯科医院の院長先生とお話ししていると、「事業のお金」と「家のお金」が頭の中で混ざってしまっている方が、想像以上に多いと感じます。
これは仕組み上、ある意味で仕方のないことです。
個人医院には「事業主に対して報酬を払う」という概念がそもそも存在しません。
医療法人であれば役員報酬という形で基本的に定額が法人から院長個人にお金が移動しますが、個人医院の場合、事業の利益はそのまま院長報酬であり、同時に事業の余剰資金の原資でもあることが起因しています。
つまり、構造的に「事業のお金」と「家のお金」の入り口が一つになっています。なので、意識して区別しないかぎり、両者はどんどん溶け合ってしまう。事業の口座から生活費を引き出し、医院の急な支払いをプライベート口座から立て替える、といったことが日常的に起きてしまうわけです。
ところが歯科医院は、ユニット・滅菌器・レントゲン・CT・内装・テナント賃料といった大きな設備投資と人件費を主とした固定費を伴う業態です。だからこそ、両者の管理を別々にきちんと行わないと、院長先生のご家庭ごと痛いダメージを受けることになりかねません。
今日はこの「個人事業と家計を分けて考える」というテーマで、僕が顧問先に必ずお伝えしている考え方をまとめておきたいと思います。
まずは「毎月の利益の使い道」を分解する
個人事業主である歯科医院の場合、毎月の利益は次のように分解されます。
毎月の利益 = 院長の生活費(院長報酬) + 事業の余剰資金(運転資金の原資)
ここを意識せずに「とりあえず利益が出ているからOK」と運営していると、いざというときに必ず痛い目を見ます。
具体的なシミュレーションで考えてみましょう。
毎月の利益目標を100万円としている医院を例に考えます。内訳は以下のとおりです。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 月間利益(目標) | 1,000,000円 |
| └ 院長の生活費(院長報酬) | 700,000円 |
| └ 事業の余剰資金(運転資金の原資) | 300,000円 |
この水準で順調に推移していたある日、診療に不可欠な滅菌器とユニットの修繕と買い替えで、突発的に300万円の出費が発生したとします。
このとき何が起きるか。
事業の余剰資金は毎月30万円ずつ積み上げていたので、300万円というのは「ちょうど10ヶ月分の余剰資金が一気に吹き飛ぶ」金額です。
余剰資金が増えないということは、急な修繕対応や雇用(採用活動)ができないということを意味します。
加えて、資材不足対策を見越した医療材料の先行購入も難しくなり、施設基準を取るための設備投資にも踏み切れないということになります。
ここで何が起きるかというと、結局は生活費を取り崩して、医院の運営に充てざるを得なくなるのです。
院長報酬のつもりだった70万円を「今月は40万円にしよう」「来月も切り詰めよう」と削っていく。これが何ヶ月も続けば、お子さんの教育費の積み立てや住宅ローンの返済、ご家族の生活そのものに影響が出てきます。
これが「個人事業と家計が一体化している」ことの怖さです。事業のリスクが、そのまま院長先生のご家庭の生活水準に直撃してしまう怖さの最たる例です。
必要運転資金の目安を考えよう
ここからが本題です。
毎月いくらの事業の余剰資金を出せばいいのか、を考えていきましょう。
余剰資金は必要運転資金の原資ですので、この必要運転資金の目安を定めることで毎月の余剰資金の目安も立てられます。
僕が顧問先にお伝えしている安心できる必要運転資金の目安は、「減価償却費を除く固定費の6ヶ月分」です。
なぜ固定費の6ヶ月分なのか
6ヶ月という期間には、僕なりの根拠があります。
1つは、緊急の設備修繕が起きてもほぼ対応できる水準だということ。
先ほどのケーススタディを見ていただいたとおり、滅菌器やユニットの故障が発生しても、診療を止めずに乗り切れる財務力になりえます。
歯科医院は診療が止まったら売上がゼロになる業態ですから、修繕の判断を「お金の都合」で先延ばしにせざるを得ない状態は、経営として非常に危険です。
もう1つは、スタッフさんが急に辞めてユニットの稼働率が落ちたとしても、6ヶ月あれば求人・採用・教育を経て、なんとか元通りの診療体制に立て直しが期待できる期間だからです。
(もちろん絶対6ヶ月で解決できると言える立場ではありませんが、逆に年の半分以上、収益力が落ちたまま経営すると収支計画に大きな影響がでます。)
なぜ減価償却費を除くのか
減価償却費は、損益計算書には費用として計上されますが、実際にお金が出ていく支出ではありません。すでに過去に支払ったユニットや内装費等を、会計のルールに従って毎期に按分しているだけです。
ですから、「現金がいくら必要か」を考えるときには、減価償却費は除外して考えるのが正しい計算になります。
必要運転資金をシミュレーションしよう
では、実際にどうやって必要な運転資金を計算していくかシミュレーションをしてみましょう。
歯科医院の固定費は、ざっくり「人件費(法定福利費や福利厚生費を含む)」と「それ以外の固定費(水道光熱費、衛生費、通信費、システム利用料、リース料、支払利息など)」に分かれます。
損益計算書の販売費及び一般管理費から減価償却費を除いた金額が、あなたの医院の必要な固定費のベースですが、僕の感覚値では、人件費とその他固定費はだいたい同じくらいの金額になることが多いです。
仮に歯科衛生士さん正社員2名+歯科助手パート1名とすると、人件費100万円の医院になりその他固定費を合わせると毎月の固定費は200万円、つまりその6ヶ月分である1,200万円が安全圏ということになります。
もちろん、これに届くまでには時間がかかるのは当然です。
重要なのは「いまこの水準にあるかどうか」ではなく、この水準を目指して資金計画を立てていくことです。
なぜ生活費と事業資金の区別が必要なのか
目標とする運転資金が見えたとき、改めて重要になるのが、冒頭で書いた「事業のお金」と「家のお金」の区別です。
なぜなら、両者を分けていないと、
- 安全な運転資金を貯めるまでに毎月いくらの利益が必要なのか
- そこに到達するまでに何ヶ月、何年かかるのか
がそもそも計算できないからです。
たとえば目標運転資金まで200万円足りないとしましょう。事業の余剰資金として毎月30万円を積み立てる計画なら、達成まで約7ヶ月かかります。
この7ヶ月という時間軸が見えると、たとえば「この期間中に施設基準を取るための設備投資が必要にならないか」「耐用年数を迎えそうな医療機器はないか」といった先回りの対策が立てられます。
たとえば「あと半年で大きな滅菌器(オートクレーブ)の入れ替えが必要そうだ」と分かっていれば、それまでに余剰資金の積み立てペースを月30万円から月50万円に上げる必要があるかもしれません。そのためには月間利益を120万円に引き上げる必要があり、ということは売上目標を月100万円アップさせる必要がある——というように、逆算で月次の利益目標と売上目標を定めることができるのです。
ここまで具体的に数字で見えていると、自費率を上げる、保険診療の診療枠を見直す、人員のオペレーションを見直す、といった具体的なアクションも検討しやすくなります。「なんとなく頑張る」から「数字に基づいて判断する」への転換ができるわけです。
「歯科医院の与信力」を使うのが賢い財務戦略
ここでもう一点、強調しておきたいことがあります。
それは、歯科医院は一般的な業種よりも与信力が高いという事実です。
これは社会保険診療報酬制度があってこそ成り立っている構図ですが、銀行から見ると歯科医院は一般の業種より「貸しやすい先」です。
社会保険診療報酬支払基金や国保連合会から毎月安定的に入金がある、という仕組みは、銀行にとって極めて見通しの立てやすいビジネスモデルだからです。
材料費は上がり続けているのに保険点数は上がらない、という厳しい時代ですが、売上の貸倒れはないという与信力は大いに活用すべきだと僕は思っています。
つまり、自院の運転資金が不足している状態であれば、収支計画をしっかり銀行に見せて、安全な運転資金を融資で確保する戦略は十分に取り得るのです。手元資金が薄いまま「なんとかなるだろう」で運営し続けるよりも、計画的に借りて運転資金を厚くしておくほうが、よほど経営として健全です。
ただし、ここで注意すべきは「銀行が貸しやすい歯科医院」とは「ちゃんと毎月利益が出ている医院」であるということ。銀行は直前期の決算書だけでなく、今期の直近の月次試算表まで確認して、利益状況をしっかり見ています。
このブログで再三申し上げていますが、特に歯科医院経営においては、利益を圧縮するための節税は悪でしかありません。
目先の納税額を数十万円減らすために決算書の見栄えを悪くした結果、本当に必要なときに数百万円・数千万円単位の融資が受けられなくなる、というのは、トータルで見て大きな損失です。
院長個人の財産と比べて、大きな設備投資や固定費がかかる業態だからこそ、なおさらです。
キャッシュフロー経営への5ステップ
最後に、ここまでの話を踏まえてやっていただきたいことをまとめます。
| ステップ | やること |
|---|---|
| ①必要運転資金の把握 | 損益計算書から「減価償却費を除く固定費」を算出し、その6ヶ月分を目標額に設定する |
| ②家計の見える化 | 院長先生の毎月の生活費を把握する |
| ③余剰資金目標の設定 | ①の必要運転資金を達成するために、毎月いくら余剰資金を残すかを決める |
| ④利益・売上目標 | 生活費 + 余剰資金(上記②+③)を毎月必要な利益とし、そこから売上目標を逆算する |
| ⑤融資の検討 | 現状の現預金残高や設備投資の必要性を考慮して運転資金の融資を検討する |
これが、現実的で合理的な医院の収支計画の立て方です。
これをやっておけば、運転資金のためにご家庭の家計を犠牲にするリスクを避けられますし、逆に「事業の口座にお金がたくさんあるな」と勘違いして、家計のために使いすぎてしまうことも防げます。
これができて初めて、本当の意味でのキャッシュフロー経営と言えるんじゃないかなと、僕は思っています。
そうすれば、ご家族もハッピーですし、何より、院長先生にはお金のストレスから解放されて、日々の診療に集中していただきたいのです。
ということで現状、ご自身の医院の運転資金がどのくらい必要で、いまどのくらい足りていないのか。
一度、損益計算書を開いて電卓を叩いてみるところから、始めてみてくださいね。


