【note】税理士のアタマの中

令和8年診療報酬改定が生む税制との整合性の問題

  • URLをコピーしました!

こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。

令和8年度の診療報酬改定が予定されています。

2月には中央社会保険医療協議会(中医協)から答申が発表されました。

物価高・人件費高騰への対応として実施されるこの改定ですが、税務の観点から一つの制度的な欠陥を問題視しています。

というのも診療内容は何も変わっていないのに、診療報酬の単価が上がるだけで税制上の制度が突然使えなくなる(もしくは使える可能性が低くなる)というリスクが潜んでいるからです。

これは節税うんぬんかんぬんの話ではありません。
どちらかというと制度設計そのものの話です。

今回はその問題をクリニックの経営者さんにも身近に感じてもらえるようにお伝えしていきます。

目次

診療報酬改定に追いついていない税制

概算経費の特例とは

前回のブログに引き続いて今回テーマになるのは、概算経費の特例です。

「小規模医院の事務負担を減らして、地域医療に専念してもらおう」というのが制度趣旨になります。

(前回は医療法人化にあたって概算経費の特例の使い方次第で税メリットが受けられるという話をしましたので、合わせて読んでみてください)。

制度の概要を復習すると、個人医院と医療法人を対象に、社会保険診療報酬の一定割合を「みなし経費」として認める仕組みです。

具体的には、社会保険診療報酬の金額に応じて、以下の割合でみなし経費が認められます。

年間の社会保険診療報酬概算経費額
2,500万円以下診療報酬 × 72%
2,500万円超〜3,000万円以下診療報酬 × 70% + 50万円
3,000万円超〜4,000万円以下診療報酬 × 62% + 290万円
4,000万円超〜5,000万円以下診療報酬 × 57% + 490万円

そしてこの制度の適用要件として、社会保険診療報酬の年間合計額が5,000万円以下であることが定められています。この基準を1円でも超えると、特例は一切適用されなくなります。

この5,000万円という数字が、今回の問題点です。

診療報酬が上がると「要件から外れる」という逆説

単純な算数の話になりますが、保険点数が上がるということは保険対象の患者単価が上がるということです。

ここでのポイントは、この医院が「規模を拡大した」わけではないという点です。スタッフも、設備も、診療内容も、患者数も変わっていない。変わったのは国が定めた「診療報酬の単価」だけです。それにもかかわらず、税制上の取り扱いが変わってしまう。

さらに言えば、今回の診療報酬改定の背景は「物価高・賃上げへの対応」です。つまり医院の実質的な医療供給量や経営体力が上がったわけではなく、コストが上がった分を補うための改定です。それなのに、その改定を受けることで税制上の制度が使えなくなるというのは、制度として整合性がとれていないのではないでしょうか

それもこれも、「収入」を基準にしてしまっているからです。

「所得」を基準にすれば、収入となる診療報酬も必要経費になるコストも上がるので、このような問題は生じにくくなります。

ただ、そもそも小規模医院に「必要経費を正確に求める事務負担を減らそう」という意図で設計された制度であるため、自然と収入のみの要件となっていると思われます。

5,000万円という基準はいつ設定されたのか

概算経費の特例の社会保険診療報酬5,000万円という基準は、平成元年から据え置かれてきた数字です。

みなさんご存知のとおり、この制度が設けられた当時と現在とでは、診療報酬の水準も物価も大きく異なりますよね。

例えば、診療報酬は過去何十年にわたって改定が積み重なっています。物価についても、近年の急激な上昇を加味すれば、かつての5,000万円と今の5,000万円では実質的な価値が異なります。「小規模医療機関への配慮」という制度趣旨は理解できますが、「小規模」の定義そのものが、時代とともに変わっているはずです。

かつて5,000万円という数字が想定していた診療規模と、今の5,000万円が意味する診療規模は同じではありません。閾値が据え置かれたまま診療報酬だけが上がっていけば、制度が想定していた「小規模」の範囲は事実上、年々狭くなっていきます

ちなみに、この概算経費の特例は昭和29年に暫定措置として設立されてから、幾度となく「医業のみの優遇税制になっているのではないか」と問題視され、改定されています。

どんな趣旨で設立され、何が問題視され、どう改定されてきたからは、こちらの会計検査院の報告がよくまとまっているので興味がある人はぜひ覗いてみてください。

令和7年・8年の税制改正が示した「物価連動」という考え方

この問題を考えるうえで、最近の税制改正の流れも無視できません。

令和7年度税制改正では、所得税の基礎控除が引き上げられました。税制改正大綱には「物価上昇局面における税負担の調整の観点から」という改正の趣旨が示されています。

物価が上がったことで最低限度の生活費も上昇したよね、という意図で基礎控除の額を見直したわけです。

さらに令和8年度税制改正大綱では、基礎控除の基本的な考え方について「直近2年間の消費者物価指数の上昇率を乗じて調整する仕組み」が創設されました。物価が上がれば税の基準値も自動的に引き上げる、という設計思想を国が正式に採用したということです。

物価上昇を考慮した税制改正は基礎控除だけではありません。給与所得控除や少額減価償却資産の特例の改正もあります。

このように、物価連動という考え方を税制に取り入れるなら、それに付随して概算経費の特例の5,000万円という基準も見直されないと辻褄が合わないのではないか、というのが僕の意見になります。

2つの観点で見る「制度間の矛盾」

以上を踏まえ次のことがいえます。

① 診療報酬改定との整合性

診療規模が変わっていないにもかかわらず、単価の改定によって自動的に特例の要件から外れることになりかねません。

「診療報酬の増額改定=医院の規模拡大」ではありません。
同じユニット数、床面積であっても、平成初期から開業コストは大きく跳ね上がっていることからも、診療報酬の額だけで医院の規模を測るのはナンセンスです。

特に今回のように物価・賃上げ対応を名目とした改定であれば、実質的な経営体力の向上を意味するわけでもありません。それでも税制上の扱いが変わるというのは、改善の余地があるといえます。

② 税制改正の趣旨との整合性

基礎控除の引き上げ根拠が「物価上昇局面における税負担の調整」である以上、同じ物価高の影響を受けている医療機関の閾値も見直されるべきです。物価高を理由に一方の基準は見直し、もう一方は据え置くというのは、制度全体として一貫性を欠きます。医療機関が物価高の影響を一方的に受ける形になっています。

おわりに—今後考えるべきこと

今回取り上げた問題は、特定の医院が損をするとか得をするという個別の話ではありません。

診療報酬という公的な制度と、税制という別の公的な制度が、互いに連動せずに設計されているという構造的な問題です

この問題は、省庁の管轄が違うということも要因かと思います。

診療報酬は厚生労働省、税制は財務省。

今回の概算経費の特例に限らず、診療報酬改定を「収入が増えるニュース」として受け取るだけでなく、税制との関係においてどういう問題が潜在的に生じうるのか、というアンテナは立てておく必要あると考えています。

シェアはこちらから!
  • URLをコピーしました!
目次