こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。
今回のテーマは「法人に利益を残すと税金がかかるから、なるべく利益を削ろう」というアドバイスは正しいのか、についてです。
みなさんも心当たりはありませんか?
このアドバイス、間違ったことは言っていません。確かに法人税は利益に対して課税されますから、利益を圧縮すれば、その期の法人税は減ります。
持分ありの医療法人の場合は利益が積み重なると純資産が膨張し、承継時に多額の課税起こりますので、同様に利益を圧縮すれば将来の税金対策になります。
しかし、このアドバイスは非常に視野が狭いのです。
何が問題なのか、これから詳しく説明していきます。
実際に起きていたこと—資金繰りに苦しむ医院の正体
承継のご相談にいらっしゃる医院さんのなかには、慢性的な資金繰りの悪化に苦しめられているケースがあります。
預金残高は毎月目減りしていき、スタッフの賞与時期になるたびに胃が痛くなる。
そんな状態が何年も続いている。
なぜそうなったのか。
原因は、承継や理事長の相続に備えて、「利益が蓄積しないように」利益調整を続けていたからです。
詳しくお聞きすると、次のようなことをされていました。
まず、役員報酬を必要以上に高く設定していました。
法人の利益を個人に移せば経費が増えるので法人税は減りますが、その分、理事長個人の所得税・住民税・社会保険料は跳ね上がります。
法人と個人をトータルで見たときに、本当に手取りが増えていたのかは甚だ疑問です。
次に、大きな利益が予測できる期に、大規模な設備投資をまとめて行っていました。
「利益が出ているうちに買っておきましょう」という論理です。
確かに減価償却費や、場合によっては優遇税制等の特別償却で、その期の課税所得は圧縮できます。
でも設備投資は当然ながらキャッシュアウトを伴います。
その結果どうなったかというと。
確かにその期の法人税や地方税は抑えられました。
将来の相続税の対象となる純資産も、一時的には小さく見えていました。
しかし、手元の運転資金が決定的に削られてしまっていたのです。
運転資金の枯渇がもたらす「経営判断の遅れ」
資金繰りが苦しいことの本当の怖さは、単に「お金が足りない」ということではありません。
経営判断が遅れる、あるいはできなくなるということです。
昨今、歯科業界を取り巻く環境は大きく変わっていますよね。
歯科衛生士の採用は年々難しくなり、人件費は右肩上がりです。
求人を出しても応募が来ない。
来ても、提示できる給与水準が低ければ他院に流れてしまう。既存スタッフの離職を防ぐためにベースアップをしたくても、その原資がない。
医療機器も同様です。
歯科用CTやCAD/CAMシステム、マイクロスコープなど、現代の歯科医療に欠かせない機器は高額化の一途をたどっています。
古い機器を無理矢理使い続けると生産性は落ちるし、機能差で従業員にストレスが溜まることに。
短期的な節税効果を狙ったがために、時代に応じた経営資源を整える資金を失ってしまう可能性があるのです。
みなさんご存知の通り、スタッフの給与を上げられなければ、優秀な人材は去ります。
機器を更新できなければ、診療の幅が狭まり、売上にも影響が出ます。
売上が落ちればさらに資金繰りが悪化します。
この代表的な負のループに陥るのは何としても避けなければいけません。
節税のために利益を減らしたはずが、気づけば節税するまでもなく利益が出ない体質になっていた——これは決して大げさな話ではないのです。
最も怖いのは「節税しなければいけない時に節税できない」という事実
ここまでの話は、考えれば誰にでもわかることかもしれません。
しかし、本当に怖いのはここからです。
それは、「節税しなければいけない時に、節税できない」という事実です。
歯科医院の承継対策には、多額の資金が必要になります。
代表的な例を挙げましょう。
承継時には、理事長に退職金を支給するケースが一般的です。
退職金は法人にとって大きな経費となり、純資産を一気に圧縮する効果があります。
出資持分の評価額を下げ、後継者が承継しやすい状態をつくるための、いわば「切り札」的な施策です。
また、その退職金の原資を確保するために、生命保険を計画的に積み立てていくことも有効な手段です。
しかし、いずれもキャッシュアウトを伴います。
手元に資金がなければ節税は実行できません。
先走って節税をしてしまったために、いざ承継や相続のタイミングが来たときに、純資産を減らすための施策を打てない。退職金を十分に支給する資金がない。保険の積み立ても満足にできていない。
その結果どうなるか。
資金がないのに、予期しないタイミングで承継が発生したとき、高い税金を支払わなければならないことになるのです。
しかも、承継や相続で発生する相続税は、一般的な法人税や所得税よりも高い税率が課されることが多いです。
法人税の実効税率がおよそ30%前後であるのに対し、相続税は累進課税で最高55%にまで達します。
つまり、目先の法人税の節税を取りにいった結果、資金繰りに苦しめられるだけでなく、将来もっと高い税率の税金を払う羽目になりかねないのです。
毎年コツコツと小さな節税を積み重ねたつもりが、最後の最後で大きな税負担に襲われる。これでは何のための節税だったのかわかりません。
無闇な節税を危惧すべき本当の理由
誤解しないでいただきたいのですが、節税すること自体は悪いことではありません。
僕が危惧しているのは「無闇やたらな節税」です。
なぜ危惧すべきなのか。それは、適時適切な節税をする余力を残しておくためです。
節税とは、必要な時に、必要な分だけ、戦略的に行うものです。毎期毎期、利益が出るたびに反射的に経費を使って利益を消す——これは節税ではなく、ただの浪費に近い行為です。
歯科医院経営において本当に必要なのは、「いつ、どのタイミングで、どれくらいの規模の節税が必要になるか」を逆算したうえで、そこに向けて資金を蓄えておくことです。
承継の時期が5年後なのか10年後なのか。退職金はいくら必要なのか。出資持分の評価額は現状いくらで、どこまで下げる必要があるのか。そのために毎期どれだけの利益を残し、どれだけの資金を確保しておくべきなのか。
こうした長期的な視点があってはじめて、「今期はあえて利益を残す」「今期は積極的に経費を使う」という判断が正しく機能するのです。
負担を背負うのは後継者である
もうひとつ、忘れてはならない大切なことがあります。
資金繰りが悪い医院、そして承継時の相続税負担を背負うのは、現理事長ではなく後継者さんです。
現理事長が「自分の代では税金を減らせた」と満足していても、その結果として資金力の弱い医院を引き継ぐことになる後継者はどう感じるでしょうか。
運転資金が不足した状態で医院を引き継ぎ、さらに高額の相続税や贈与税の支払いまで求められる。スタッフの処遇改善も、設備の更新も、すべてが後手に回る状態からのスタート。
これでは後継者に大きなハンデを負わせることになります。
承継を考えるならなおさら、次の世代のことも考えたタックスプランニングをすることを強くおすすめします。
「自分の代で税金を減らす」だけではなく、「次の世代が無理なく医院を引き継げる状態をつくる」。この発想の転換が、承継を成功させる鍵です。
なお、当然のことながらM&Aの場合も、財務状態が悪いと譲渡価額は下がります。
金融機関との関係にも影響する
さらにもうひとつ、見落とされがちな論点があります。それは金融機関との関係です。
利益を出さず、純資産が薄い法人に対して、金融機関は資金を貸しづらくなります。
融資審査において、法人の財務健全性は最も重視されるポイントのひとつです。
純資産が少ない、あるいは債務超過に近い状態では、必要な時に融資を受けられないリスクが高まります。
歯科医院は、ユニットや歯科用CT、内装の改装など、設備投資に多額の資金がかかる事業形態です。
すべてを自己資金で賄うことは現実的ではなく、金融機関との良好な付き合いがあってこそ成り立つ事業だと言えます。
「節税のために利益を減らしました」と胸を張っても、金融機関から見れば「利益が出ていない、体力のない法人」にしか映りません。
その結果、本当に資金が必要なタイミングで融資を断られれば、節税で浮いた税金以上の損失を被ることになります。
まとめ—必要な時に、必要な分だけ
ここまでお読みいただければ、必要な時に必要な分だけ純資産(利益)を圧縮することの重要性を理解していただけるかと思います。
「利益を残すな」というアドバイスは、ある局面では正しい判断です。しかし、それが「常に利益を残すな」という意味で運用されてしまうと、医院経営は静かに、しかし確実に蝕まれていきます。
税理士と話すときは、ぜひ長期的な目線で純資産(利益)のコントロールに対する戦略を一緒に考えてみてください。
「今期の税金をいくら減らせるか」ではなく、「5年後、10年後に医院がどうあるべきか」という問いから逆算した議論ができれば、税理士との会話もより実りあるものになるはずです。
今後も実際の事例に基づいた注意喚起をしていきます。


