こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。
令和8年2月13日、中央社会保険医療協議会(中医協)から令和8年度診療報酬改定の答申が公表されました。本体改定率は+3.09%で、そのうち賃上げ対応分が+1.70%と過半を占めており、今回の改定が「医療従事者の賃上げ」を最大のテーマに据えていることは明らかです。
実際、政府は令和8年度と令和9年度に3.2%のベースアップ増加を目標に掲げています。
ただ後述しますが、現実は改定後の診療報酬に沿って漏れなく請求したとしても、3.2%のベースアップ増加は難しいのが現状だと考えています(少なくともベースアップ評価料(I)のみでは)。
言い換えれば、ベースアップ評価料を算定したとしても他医院との差別化が明確にできるほどの給与支給額にはなりません。
それもあって、できればベースアップ評価料による収入以上の給与を支給したいと思う先生も多いのではないでしょうか。
そこで忘れてはならないのが「賃上げ促進税制」の活用です。
賃上げのために増えた給与を節税にもつなげることで、ベースアップ評価料以上の経済的恩恵を受けることができます。
この記事では、令和8年度のベースアップ評価料の改定内容を整理したうえで、開業歯科医師の先生方に特に意識していただきたい賃上げ促進税制のポイントを解説していきます。
令和8年度診療報酬改定: ベースアップ評価料の改定内容
対象職員の範囲が大きく広がる
令和6年度に新設されたベースアップ評価料は、対象が「主として医療に従事する職員(医師・歯科医師を除く)」に限定されていました。今回の改定では、この定義が「保険医療機関に勤務する職員」へと拡大されます。
これにより、歯科衛生士や歯科助手だけでなく、受付や事務スタッフも賃上げ原資の配分対象に含まれるようになると予想されます。
後述する賃上げ促進税制は、勤務するすべての職員への給与を基準に適用されるため、今回の改正により税制と整合性がはかれる結果となりました。
個人的な意見ですが、受付スタッフさんの採用も難しい現状を踏まえると、今回の拡大は必要最低限の改善ともいえるでしょう。
点数の大幅引上げと段階的評価
歯科外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の点数は、令和8年6月から大幅に引き上げられます。さらに令和9年6月にはさらに倍に自動的に引き上げられる「段階的評価」が導入されます。
歯科初診時は現行10点から21点へ、再診時は現行2点から4点の引上げが答申で示されており、令和9年6月にはさらに倍増する見込みです。
継続的に賃上げを実施してきた医院は優遇
今回の改定で特に注目すべきは、「継続的に賃上げを行ってきた医療機関」に対する優遇措置が設けられた点です。
歯科の例でいえば、通常の初診時21点に対して継続賃上げ区分では31点と、再診時は4点に対して6点と、明確な点数差がつけられています。
逆に言えば、これまでベースアップ評価料を届け出ていなかった医院は、この優遇点数を算定することができないと考えられます。
これまで届出を見送った先生方にとっては残念な結果ですが、今回から算定を開始すれば令和9年度以降の制度改正で改めて「継続」として評価される可能性もありますので、いずれにせよ今回の改定を機に届出の準備を進めてみてはいかがでしょうか。
(補足)歯科独自の新設項目─歯科技工所ベースアップ支援料
賃上げとは直接関係ありませんが、歯科技工士の低賃金問題に関しても一定の救済措置が設けられました。
歯科ならではの新設項目として、「歯科技工所ベースアップ支援料」(15点/装置)が創設されたのです。
補綴物等の製作を委託した際に算定でき、委託先の技工所での歯科技工士の賃上げに充てることを前提としています。
ご存知のとおり技工所も人手不足が加速しています。今後はますます技工所との密な連携が重要になりますので、取引先との事前確認を行っておきましょう。
増収シミュレーション
ここからは改定前後でどれくらい賃上げ原資が変わるかを簡単にシミュレーションしてきます。
たとえば月間レセプト400枚で初診患者数40名、再診患者数延べ450名としましょう。
現行では、ベースアップ評価料(Ⅰ)(初診10点・再診2点)を算定した場合、月間で40名×10点+450名×2点=1,300点、金額にして月約1万3,000円の賃上げ原資が確保できます。
各歯科医院の人員構成にもよりますが、歯科衛生士が5名在籍しているとすると、1人あたり2,600円が割り当てられることになります。
では次に令和8年度診療報酬改定で「継続的に賃上げを行ってきた医療機関」に対する優遇措置(初診31点・再診6点)を算定した場合、月間で40名×31点+450名×6点=3,940点、金額にして月約3万9,400円の賃上げ原資が確保できます。
先ほどの歯科衛生士5名に加えて、歯科助手が受付含め2名在籍しているとすると、1人あたり約5,628円が割り当てられることになります。
対象職員が拡大した分、従業員1人あたりに割り当てられる賃上げ原資は下がるので、点数の増え幅に比べてスタッフさんの実感は期待したほどにはならない可能性もあります。
ちなみに、歯科衛生士の月給が25万円だとすると、5,628円÷25万円=0.0225…=約2.25%なので、政府目標の3.2%にはまだまだ届きません。
初診料、再診料の底上げに加え、ベースアップ評価料(II)も一考する必要があります。
賃上げ促進税制─忘れてはいけない「もうひとつの賃上げ支援」
診療報酬が増えたとしても、その原資で給与を支給するので基本的に医院のキャッシュは増えません。
ベースアップ評価料以上に給与支給をしようとすれば、むしろキャッシュフローがマイナスになるのはいうまでもなく。
とはいえ、昨今の物価高や採用難を考慮して、できることならベースアップ評価料以上に給与条件を魅力的にしたいと考えている院長さんは多いはずです。
これから説明する賃上げ促進税制は、その院長さんの背中を教えてくれる優遇制度です。
というのも、支給した給与が経費になるだけではなく、一定額の税額を控除する制度だからです。
利益を減らすのではなく、直接税額を減らす税額控除は節税効果が非常に高くなります。
制度の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象者 | ・中小企業者等(過去3年平均所得15億超は対象外) ・青色申告書を提出する常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主 (つまり多くの歯科医院は当てはまります) |
| 概要 | 前年度より給与等支給額を増加させた場合、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から税額控除できる制度 |
| 適用期間 | ・法人:令和6.4.1~令和9.3.31までの間に開始する事業年度 ・個人事業主:令和7年~令和9年の各年 |
税額控除の内容
| 要件 | 条件 | 控除率 |
|---|---|---|
| 【賃上げ要件①】必須要件 | 雇用者給与等支給額(≒年間給与支給額)が前年度比で 1.5%以上増加 | 15%控除 |
| 【賃上げ要件②】必須要件 | 雇用者給与等支給額が前年度比で 2.5%以上増加 | 30%控除 |
| 【上乗せ要件①】教育訓練 | 教育訓練費の額が前年度比で 5%以上増加等 | +10%控除上乗せ |
| 【上乗せ要件②】子育てとの両立・女性活躍支援 | くるみん認定、くるみんプラス認定若しくはえるぼし認定(2段階目以上)の取得等 | +5%控除上乗せ |
計算方法
税額控除額=控除対象雇用者給与等支給増加額(≒前年度からの給与増加額)×控除率
- 基本の控除率:15%または30%
- 上乗せ要件を満たせば、最大で45%(30%+10%+5%)で控除可能
ただし、年間の税額控除額は、年間法人税又は年間所得税の20%が限度になります。
たとえばスタッフさんの給与総額が前年より100万円増えた場合、100万円×30%=30万円(2.5%要件の場合)が直接控除されるわけです。
30万円をベースアップ評価料で賄うことをイメージしていただければ、節税効果の大きさに気づいていただけるかと思います。
繰越控除が可能に
令和6年度の改正で、5年間の繰越控除が認められるようになりました。
たとえば今年の法人税額や所得税額が少なくて控除しきれなかった場合でも、翌年以降5年間にわたって控除を繰り越せます。
赤字や低収益の年があっても制度のメリットを捨てずに済むのは大きな改善点です。
ただし、繰越控除を行うためには、控除しきれなかった年度の確定申告で明細書を提出しておく必要があります。
最大の注意点─「当初申告要件」を絶対に忘れずに
賃上げ促進税制には「当初申告要件」があります。これは、この税制の適用を受けるためには、確定申告書の提出時点で税額控除に関する必要事項を記載し、明細書を添付して申告しなければならないという要件です。
つまり、「確定申告のときにうっかり適用を書き忘れた」「後から要件を満たしていたことに気づいた」という場合でも、原則として修正申告や更正の請求で後から適用を受けることはできません。
適用漏れ=控除の権利を永久に失うことを意味します。
開業歯科医師の先生方の多くは12月決算の個人事業主ですから、令和8年分の確定申告は令和9年3月が期限となります。ベースアップ評価料の拡充で給与増加が見込まれる令和8年分こそ、この税制の適用を確実に行うべきタイミングになります。
令和8年分の給与データを早めに整理し、前年比での増加率を確認したうえで、確定申告書に漏れなく記載するよう顧問税理士と十分に打ち合わせてください。
令和8年度税制改正大綱の動向─中小企業向けは当面維持
令和7年12月に公表された令和8年度税制改正大綱では、賃上げ促進税制について全体的に縮小の方向性が示されました。
中小企業向けについては、令和8年度は現行制度を維持しつつ、適用期限の到来時(令和9年3月31日)に改めて見直しが検討される予定とされています。
つまり、個人開業の歯科医師にとっては、少なくとも令和7年分から令和9年分(個人事業主の場合)までは現行の控除率で適用を受けられる見込みです。
ただし教育訓練費の上乗せ措置については廃止の方向が示唆されていますので、今後の法案化の動向に注意が必要です。
世間的に賃上げが当たり前になってきたことで、税制による後押しの必要性が薄れたというのが政府の認識のようです。
裏を返せば、「使えるうちに使っておく」ことが肝心です。
ベースアップ評価料と賃上げ促進税制を組み合わせた経営戦略
ここまでの内容を踏まえ、開業歯科医師の先生方に提案したい経営戦略をまとめます。
まず、ベースアップ評価料で得られる増収分を、スタッフの基本給や手当の引上げに確実に充てることが出発点です。評価料の性質上、得られた報酬はすべて対象職員の賃上げに充当する義務があり、他の経費に流用することはできません。
次に、この給与増加が賃上げ促進税制の適用要件(前年比1.5%以上増加)を満たすかどうかを確認します。ベースアップ評価料の拡充により、多くの歯科医院で自然に要件を満たすことになると思われますが、パートスタッフの勤務時間の変動などで給与総額が思ったほど増えないケースもあり得ますので、年の途中で一度試算しておくことをおすすめします。
特に12月に賞与を支給する場合(法人の場合は事業年度末)は、「もう少し支給しておけば適用要件を満たせたのに」という後悔をしないように、賞与支給額を決定する前にシミュレーションをしておきましょう。
そして、確定申告の際に当初申告要件を確実に満たす形で申告を行います。
大抵の医院には顧問税理士がいると思いますので適用漏れはないと思いますが、それとなく「賃上げ促進税制を適用したい」と明確に伝えておくとより安心かと思います。
診療報酬改定→スタッフの賃上げ→税額控除の享受、という好循環を意識しておきましょう。
おわりに
令和8年度の診療報酬改定は、歯科医院にとって「賃上げ」を軸とした大きな転換点です。
ベースアップ評価料の大幅拡充による増収では賄い切れない給与負担増加を軽減するためにも、優遇税制の適用を忘れないようにしましょう。
税制改正の動向を見ると、中小企業向けの賃上げ促進税制も将来的には縮小・廃止の可能性があります。制度が存続している今こそ、適用漏れのないよう万全の体制で臨みましょう。
(本記事は2026年2月20日時点の情報に基づいて作成しています。正式な告示・通知は今後公布される予定であり、点数や要件に変更が生じる可能性があります。)


