【note】税理士のアタマの中

歯科医院によるMS法人取引の税務リスク〜令和8年度税制改正の影響〜

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こんにちは、島田(つぶやきはこちら)です。

令和8年度税制改正大綱に、歯科医院を経営する先生方にとって見過ごせない改正項目が盛り込まれました。「企業グループ間の取引に係る書類保存の特例の創設」です。

一見すると大企業のグループ間取引を対象とした改正のように読めますが、実はこの制度、中小企業も対象に含まれています。

医療業界で真っ先に対象になるのは医療法人とMS法人(メディカルサービス法人)との取引です。

歯科医院の経営において、節税や所得分散を目的にMS法人を設立し、医療法人との間でさまざまな取引を行っている先生も少なくないでしょう。

だだし、この改正によって、これまで「なんとなく」で設定していた経営管理料や業務委託料の金額が、書類上の根拠を持たなければ大きなリスクを伴うことになります

本記事では、この改正の概要を押さえたうえで、歯科医院で具体的にどのようなケースが問題になりやすいのか、そして違反した場合に青色申告の承認が取り消されるとどのようなデメリットがあるのかを解説していきます。

ちなみに、まずは要点のみを知りたい方は、太線アンダーラインの箇所を中心に読んでいただければと思います

目次

改正の概要―何が義務化されるのか

令和8年度税制改正大綱では、内国法人が「関連者」との間で「特定取引」を行った場合に、その取引に関する対価の額の算定根拠を示す書類について、取得または作成し、保存することが義務付けられることが示唆されました。

(本記事執筆時点では国会で法改正が決定していないのでで、示唆された、という表現をしています。)

なお、適用開始時期は執筆時点では明らかにされていません。

具体的には、取引関連書類等(取引に関して受領・交付する注文書、契約書、送り状、領収書、見積書その他これらに準ずる書類、またはこれらの書類に通常記載される事項が記録された電磁的記録で、法人税法等の規定により保存が義務付けられているもの)に、その取引に関する資産・役務提供の明細や、対価の額の計算の明細といった「対価の額を算定するために必要な事項」の記載・記録がない場合は、その不足事項を明らかにする補完書類(電磁的記録を含む)を別途取得・作成し、保存する必要があります。

ここで押さえておくべきポイントは、対象となる「特定取引」が販売費、一般管理費その他の費用の額の基因となる取引に限定されているという点です。歯科医院の文脈でいえば、医療法人がMS法人に支払っている経営管理料、業務委託料、賃借料などがまさにこの「費用の基因となる取引」に該当すると考えられます

そして最も重要なのが、この書類の保存が法令の定めに従って行われていない場合は、青色申告の承認の取消事由等に該当するという点です。
この点については後述します。

歯科医院の医療法人とMS法人は「関連者」に該当するのか

この制度における「関連者」は、移転価格税制における関連者と同様の基準で判定されます。ただし、「国外」関連者に限定されていないため、国内法人同士の関係も含まれます。

具体的には、50%以上の株式等の保有関係(親子関係・兄弟関係)や、実質的な支配関係(役員関係・取引依存関係・資金関係等)がある場合に「関連者」に該当します。

歯科医院の現場に当てはめてみましょう。典型的なパターンとして、理事長やその配偶者が医療法人の出資者でありながら、同時にMS法人の株主でもあるケースが非常に多く見られます。これは「兄弟関係」に該当します

また、持分なし医療法人であっても、MS法人の売上の大部分が医療法人との取引に依存している場合は「取引依存関係」として実質的支配関係が認められる可能性が高いです

つまり、歯科医院で医療法人とMS法人の両方を運営しているケースでは、ほぼ確実に「関連者」に該当すると考えてよいでしょう。

歯科医院で問題になりやすい具体的なケース

では、どのような取引が「特定取引」に該当し、書類保存の対象になるのでしょうか。

令和8年度税制改正大綱では特定取引として、関連者から内国法人への工業所有権等の譲渡・貸付けのほか、関連者が行う役務の提供が挙げられています。歯科医院の実務で特に注意が必要なのは以下のような取引です。

経営管理料・経営指導料の支払いは、最も問題になりやすい取引です。医療法人からMS法人に対して、月額数十万円の「経営管理料」や「経営指導料」を支払っているケースは珍しくありません。
と同時に、「何に対する対価なのか」「どのような算定根拠で金額を決めたのか」が明確に記録されていないことが非常に多いのが実態です。大綱でも「経営の管理又は指導、情報の提供等の役務の提供」は明確に特定取引として列挙されており、まさにこの取引が改正の射程に入っています。

レセプト業務や会計業務などの業務委託も注意が必要です。歯科医院の受付業務、レセプト請求業務、会計・経理業務などをMS法人に委託し、業務委託料を支払っているケースでは、その業務委託料の金額がどのような根拠に基づいて設定されているのかを説明できる書類が求められます。
たとえば、同種の業務を外部の第三者に委託した場合の相場との比較や、実際に従事した人員・時間に基づく計算根拠などが必要になるでしょう。

不動産や医療機器の賃貸借も対象となり得ます。MS法人が所有する建物や医療機器を医療法人に貸し付け、賃借料やリース料を受け取っている場合、その賃料が取引相場等に基づいて合理的に算定されているかが問われます。

また、可能性として考えらるのは歯科技工業務の委託です。院長の親族が経営する法人に歯科技工を委託している場合、その単価や料金体系が外部の技工所との取引と比較して著しく乖離があれば、算定根拠の説明が求められる可能性があります。

これらの取引に共通するのは、「昔からこの金額でやっている」「税理士に言われてなんとなく決めた」という程度の根拠しかないケースが大半であるという点です。今回の改正は、まさにこのような曖昧な取引にメスを入れる趣旨で設けられたものです。

青色申告の承認が取り消されるとどうなるか

書類保存義務に違反した場合の最大のペナルティは、青色申告の承認の取消しです。
法人にとって青色申告の承認取消しは、経営に直結する深刻なダメージをもたらします。

まず、欠損金の繰越控除ができなくなります。青色申告法人であれば、赤字(欠損金)を最大10年間繰り越して将来の黒字と相殺できます。これが使えなくなると、たとえば設備投資で一時的に赤字が出ても、翌年以降の利益と相殺することができず、税負担が大幅に増加します。歯科医院の場合、ユニットの入替えやCT・マイクロスコープなど高額な医療機器の導入時に生じた赤字を繰り越せないのは非常に痛手です。

次に、欠損金の繰戻還付も利用できなくなります。前年は黒字で法人税を納付したが、当年は赤字になったという場合に、前年に納めた法人税の還付を受けられる制度ですが、これも青色申告が前提です。

さらに、少額減価償却資産の特例が使えなくなります。中小企業者等であれば取得価額40万円未満(令和8年度改正後)の減価償却資産を一括で損金算入できますが、この特例も青色申告法人に限定されています。歯科医院では日常的に使用する機器・備品の購入においてこの特例を活用しているケースが多いため、影響は小さくありません。

加えて、各種の特別償却や税額控除の制度が適用できなくなります。ベースアップの上昇により適用を受けられる賃上げ促進税制も青色申告が要件となっています(賃上げ促進税制についてはこちらの記事をご参照ください)。

そして見落としがちなのが、金融機関からの信用低下です。青色申告の取消しは金融機関からの評価に大きく影響します。追加の設備投資や増床のための融資を組む際に、不利な状況に陥る可能性があります

なお、青色申告の承認が取り消された場合、1年間は再申請ができず、再適用は最短でも翌々事業年度からとなります。その間はいわゆる「白色申告」の状態となり、上記の優遇措置がすべて使えない期間が生じます。

今からやるべき対策

改正に備えて以下のステップで準備を進めることをお勧めします。

第一に、医療法人とMS法人との間で行われている取引をすべて洗い出してください。経営管理料、業務委託料、賃借料、技工委託費など、MS法人に対して支払っている項目をリストアップし、それぞれの金額と契約内容を確認します。

第二に、各取引について「対価の算定根拠」を文書化してください。たとえば経営管理料であれば、MS法人が実際にどのような業務を行っているのか、その業務にどれだけの人員・時間を要しているのか、同種の業務を第三者に外注した場合の相場はいくらか、といった情報を整理し、書面に残します。業務委託であれば、業務内容の詳細な仕様書、従事者の稼働時間記録、単価の設定根拠などを整備します。

第三に、そもそもMS法人との取引に合理性があるのかを再検討してください。消費税率の引上げにより、MS法人を介在させること自体のメリットが以前より薄れているケースも多く見られます。社会保険診療は消費税が非課税ですが、MS法人への業務委託料には消費税が課税されるため、仕入税額控除ができない(制限される)医療法人側にとってはコスト増となります。算定根拠の書類整備にかかる事務負担も考慮すると、MS法人を維持するメリットとコストを冷静に比較検討する時期に来ているといえます

おわりに―MS法人の「惰性での維持」が最大のリスクに

今回の改正は、企業グループ内で恣意的な金額による利益調整が行われてきた実態に対し、国税当局が本格的に対応するための布石といえます。国税がどこまで本気で運用するかは不透明な面もありますが、青色申告の取消事由として法律に明記される以上、税務調査の際に指摘される可能性は十分にあります

かつてはMS法人を活用した所得分散スキームが歯科医院の節税対策の定番でした。しかし、消費税率の引上げでMS法人を介することのコストメリットが縮小し、さらに今回の改正で書類保存の事務負担とリスクが加わります。「昔からあるから」「税理士に作ってもらったから」という理由だけで漫然とMS法人を維持し続けることが、かえって経営上の足枷になりかねない時代です。

この機会に、MS法人との取引の実態を見直し、必要な書類整備を進めるとともに、MS法人の存続そのものについても改めて検討されてみてはいかがでしょうか。

ちなみに、令和8年度税制改正が予定されている他の項目についてはこちらの記事でまとめていますので、合わせてご確認ください。

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